【悲報】俺「この80万の祭壇と120万の祭壇は何が違うんですか?」葬儀屋「それは・・・」→結果wwwwwww

2016年2月4日 16:33

俺「この80万の祭壇と120万の祭壇は何が違うんですか?」 葬儀屋「格が違います」

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1:
そりゃ嫌われるわな

7:
>>2
あいつら団体でキャバクラくるからね

9:
>>7
凄く良い車乗ってたりするよな

12:
>>7
全部が全部じゃないでしょ

2:
坊さんの方が酷いイメージあるわ

3:
戒名のこと悪く言うなよ

4:
直葬が増える訳だよ

5:
そんなん言われたらマジむかつくな

6:
「値段が違います」よりはマシだろと思ったけど言ってることは同じだった

10:
死んだら土に還すだけで良いんだよ

11:
お気持ちです→(´・ω・`)分かりました

一番安いので

13:
自殺考えていた頃におふくろから電話

( ´・ω・`) 「かあさん・・・。オレが生まれた時どう思った・・・?」
       「そうねえ・・・。やっと会えたねって・・。それから・・。」(゚-゚*)
( ´・ω・`) 「・・・・・・?」
       「この子の為なら自分の命は捨てられるって思ったかなww」(゚-゚*)
Σ( ´・ω・`) 

( ´:ω;`) 「・・・・・・・・・・。」
       「・・・・・?どうしたの アンタ?」 (゚-゚*)

( ´・ω・`) 「な・・・なんでもないよ じゃあね・・・。」

電話切ったあとひたすら泣いた・・・・。オレに自殺する権利などない・・・・。
オレは生きる・・・・。せめて親が死ぬより後に

14:
私は、2歳のとき父を亡くし、以来、私をひとりで育ててくれた母も私が中学二年生の時
突然の心臓病でなくなりました。その日のことです。

近所のスーパーに勤めていた母ですが、学校から帰ると勤めを早退した母は床に臥していました。

「お母さん、どうしたの?」と聞くと「心配しないでもいいよ、ちょっと風邪をこじらせただけだから」とか細い声で答えました。

昨日からなにも食べてない様子だったので「なにか買ってこようか」と聞くと「おまえも今、期末試験中で大変なのに、いいの?」「もしよかったらリンゴが食べたい」「じゃあ、すぐ買ってくる」

リンゴを買って家に着いたとき、母はもう死んでいました。

枕元に、ほんのわずかな時間に、苦しみながら書いた母の言葉の走り書きがありました。

「哲、ひとりになってもお母さんお父さんはいつもおまえを守っているよ ありがとう」
とありました。

私は、それ以来リンゴを見ることもむろん食べることもできなくなりました。あれから九度目の桜を見る季節がもうすぐやってきます。私にとっての桜の季節は、ただリンゴをにぎりしめながら泣きつづけた日々の思い出なのです。

15:
幼い頃に父が亡くなり、母は再婚もせずに俺を育ててくれた。

学もなく、技術もなかった母は、個人商店の手伝いみたいな
仕事で生計を立てていた。

それでも当時住んでいた土地は、まだ人情が残っていたので
何とか母子二人で質素に暮らしていけた。

娯楽をする余裕なんてなく、日曜日は母の手作りの弁当を
持って、近所の河原とかに遊びに行っていた。

給料をもらった次の日曜日にはクリームパンとコーラを
買ってくれた

ある日、母が勤め先からプロ野球のチケットを2枚もらってきた

俺は生れて初めてのプロ野球観戦に興奮し、母はいつも
より少しだけ豪華な弁当を作ってくれた。

野球場に着き、チケットを見せて入ろうとすると、係員に
止められた

母がもらったのは招待券ではなく優待券だった。
チケット売り場で1人1000円ずつ払ってチケットを
買わなければいけないと言われた。

電車の中で無言の母に「楽しかったよ」と言ったら

母は 「母ちゃんバカでごめんね」 と言って涙を少しこぼした

俺は母につらい思いをさせた貧乏と無学がとことん嫌になって
一生懸命に勉強した。

新聞奨学生として大学まで進み、いっぱしの社会人になった。
母も喜んでくれた

そんな母が去年の暮れに亡くなった。
死ぬ前に1度だけ目を覚まし思い出したように
「野球、ごめんね」 と言った。

俺は 「楽しかったよ」 と言おうとしたが、
最後まで声にならなかった

16:
なんか機械音痴の母がデジカメを買った。
どうやら嬉しいらしく、はしゃぎながらいろいろと写してた。
何日かしてメモリがいっぱいで写せないらしく
「どうすればいいの?」って聞いてきたが
「忙しいから説明書読め!」とつい怒鳴ってしまった。
さらに「つまらないものばかり写してるからだろ!」とも言ってしまった。
そしたら「・・・ごめんね」と一言。

そんな母が先日亡くなった。
遺品整理してたらデジカメが出てきて、何撮ってたのかなあと中身を見たら
俺の寝顔が写ってた・・・。

涙が止まらなかった。

18:
もう五年前ぐらいの話かな。
人前ではほとんど泣いたことのない俺が、生涯で一番泣いたのはお袋が死んだ時だった。


お袋は元々ちょっとアタマが弱くて、よく家族を困らせていた。
思春期の俺は、普通とは違う母親がむかついて邪険に扱っていた。
非道いとは自分なりに認めてはいたが、生理的に許せなかった。
高校を出て家を離れた俺は、そんな母親の顔を見ないで大人になった。
その間実家に帰ったのは3年に1回程度だった。

俺もいい大人になり、それなりの家庭を持つようになったある日、
お袋が危篤だと聞き急いで病院に駆けつけた。
意識が朦朧として、長患いのため痩せ衰えた母親を見ても、
幼少期の悪い印象が強くあまり悲しみも感じなかった。

そんな母親が臨終の際、俺の手を弱々しく握りこう言った。
「ダメなおかあさんでごめんね」
精神薄弱のお袋の口から出るにはあまりにも現実離れした言葉だった。
「うそだろ?いまさらそんなこといわないでくれよ!」
間もなくお袋は逝った。
その後葬式の手配やらなんやらで不眠不休で動き回り、
お袋が逝ってから丸一日過ぎた真夜中のこと。
家族全員でお袋の私物を整理していた折、一枚の写真が出てきた。
かなり色褪せた何十年も前の家族の写真。
まだ俺がお袋を純粋に大好きだった頃。みな幸せそうに笑っている。
裏には下手な字(お袋は字が下手だった)で家族の名前と当時の年齢が書いてあった。
それを見た途端、なぜだか泣けてきた。それも大きな嗚咽交じりに。
いい大人がおえっおえっ泣いてる姿はとても見苦しい。自制しようとした。
でも止めど無く涙が出てきた。どうしようもなく涙が出てきた。

(俺は救いようがない親不孝ものだ。格好なんて気にすべきじゃなかった。
やり直せるならやり直したい。でもお袋はもういない。
後悔先に立たず、とはまさにこれのことだったんだ。)

その時、妹の声がした。
「お母さん、笑ってる!」
皆布団に横たわる母親に注目した。
決して安らかな死に顔ではなかったはずなのに、表情が落ち着いている。
うっすら笑みを浮かべているようにさえ見えた。
「みんな悲しいってよ、お袋・・・。一人じゃないんだよ・・・」
気がつくと、そこにいた家族全員が泣いていた。

・・・あれから俺はことあるごとに両親は大切にしろと皆に言っています。
これを読んだ皆さんも、ご健在であるならばぜひご両親を大切にしてほしい。
でないと、俺のようにとんでもない親不孝ものになっちゃうよ・・・。

19:
カーチャンの七不思議
・夜には疲れた顔してたのに朝には早起きして弁当作っててくれる
・夜遅く帰っても他の家族は寝てるのにカーチャンだけ起きてる
・俺が疲れてるの何故か把握してて栄養剤出してくれる
・俺が逆切れしても困ったように笑ってる
・俺が自分で言ったのに忘れてた事をずっと覚えてる
・いまだに俺の誕生日祝ってくれる
・俺より長生きしてくれない

21:
マジレスしてから突然カーチャンコピペ連打で発狂という
テンションの切り替わりのギャップにワロタ

22:
この時間帯にかーちゃんコピペやめろ
まじまじと考え込んでしまうだろ

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1000: 殿堂入り人気記事(・∀・`)ノ !!

コメント一覧

  1. 匿名 より:

    活ける花屋は提示された金額に見合う花で祭壇作ってるよ
    花屋はその金額で花を葬儀屋に売ってるから文句はないけど使える花を使い回してる葬儀屋もいる

  2. 匿名 より:

    好奇心で開いて切ない気持ちになるスレ

  3. 匿名 より:

    自分の結婚式の翌週に嫁のじいちゃんが亡くなった。
    葬儀場に行ってみると結婚式の司会をやってくれた方がいた。
    結婚式場と葬儀場が同じグループ会社だったことをそこで知った。
    なぜか葬儀代を5%引いてくれた。

  4. 匿名 より:

    本文の15って昔漫画であったよね
    主人公が刑事になってて母親が危篤でも犯人逮捕の張り込みを続けててその間の回想だかなんかみたいな感じで
    10数年前の小学館のこども向けの雑誌におまけでついてて高橋留美子の読み切りや釣りキチ三平、キャプテンなんかやってた記憶

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